生命起源の原子炉間欠泉モデル

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ミラー・ユリーの実験(Miller and Urey 1959)以来、多くの化学進化実験が行われた。Ebisuzaki and Maruyama (2016)は、冥王代の地球表層にはたくさんあったはずの自然原子炉が生命構成分子を豊富に安定に供給する生命誕生の環境を作ったとと考えている。1972年に自然原子炉の化石がアフリカのガボン共和国オクロで発見されている。それは、水を減速材として用いる核分裂原子炉であった。水が浸入して核分裂連鎖反応が臨界に達し、それによる熱の発生により水が蒸発してなくなると連鎖反応が停止する。このような周期的な原子核反応で駆動される間欠泉であった(Meshik et al 2004)。核分裂の連鎖反応の燃料となる235Uの半減期(7.1憶年)は238Uのそれ(45億年)よりも短いので、冥王代(40-46億年前)においては、235U/238U比は20%を超えていたはずである。その結果、それほど品の高くないウラン鉱床でも、水が十分に得られれば臨界に達する可能性がある(Kuroda1956)。冥王代にはこのような原子炉ガイサーが、大陸地殻表層にたくさんあったと考えられる。

原子炉から放射されるガンマ線(光子)、アルファ線(ヘリウム原子核)、ベータ線(電子)、中性子線などの電離放射線が水、二酸化炭素、メタンを解離・励起して多量の水和電子やラジカルと高反応性化合物を生産する。これによりHCNやHCHOがまず作られ、それが縮合して、グリセルアルデヒドやグリコルアルデヒドなどの重要な生化学中間体が、さらにプリンやピリミジンなどの核酸残基、リボースなどの糖、さらにアミノ酸や脂肪酸などが作られる(Ritson et al.2013など)。

自然原子炉間欠泉は、生命の化学進化に理想的な環境を以下のように提供する。
1)高密度の電離放射線が、反応性の高い化学物質やラジカルを作り出し、水や二酸化炭素分子から、生体構成分子への化学反応を駆動する。
2)物質とエネルギーの循環と周期的な変動(熱サイクル、乾湿サイクル)を駆動する。
3)温度が水の沸騰で決まる100℃を超えず、生体高分子が破壊されない。
4)原子炉壁を構成する橄欖石に富む岩石と水が反応する蛇紋岩化反応によって、H2とブルース石(Ma(OH)2)が形成されるので、局所的に還元的で強アルカリ(~pH11)環境をを提供するな環境を提供する。
5)HCNやフォルムアルデヒドのような揮発性の分子を地下の洞窟の天井などに閉じ込めることができる。

今のところ、生命の誕生場としては、干潟、深海底熱水孔、深宇宙、そして原子炉ガイサーの4つが考えられている(表)。上記の条件を満たすのは原子炉ガイサー以外にない。まず、干潟に関しては、潮汐による物質循環が存在し、温度が100℃以下であることはよいが、電離放射線として、太陽紫外線、雷、銀河宇宙線を使わざるを得ない。ところが、それぞれユリー・ミラーの実験に比べて前者で3桁、5桁、9桁以上小さいので、縮合反応を進めるためのHCNやHCHOの臨界密度に遠く及ばない。さらには、酸化的な地球大気に対して完全に開いた環境であり、局所的に還元的な環境を維持し、揮発性ガスを濃縮することも非常に難しい。

次に、深海熱水孔は、熱水による物質・エネルギー循環があり、温度も100℃以下で、蛇紋岩化反応によって局所的に還元的な環境を作りえる。しかし、電離放射線が全くなく、さらには完全に水につかっている状態で、ガスの濃縮は難しい。また、深海ではリン酸や窒素(アンモニア)の供給が絶対的に不足する。

深宇宙は、銀河宇宙線による電離放射線があり、0℃以下の温度で有機物が長期にわたって保存され、還元的な環境にある。しかし、物質・エネルギー循環は全くなく、ガスの濃縮は不可能である。その上、作った有機物を地球表面に破壊することなく運ぶことが困難である。例えば、100m以上の隕石が地球に衝突すると、一瞬にして蒸発し、隕石中の有機物は酸素と結合して二酸化炭素や水に変わってしまう。逆に、10m程度以下の隕石として地球に降下した場合でも、その表面は焼け焦げるので有機物は存在しえない。隕石の内部ではある程度残るかもしれないが、それを隕石中から取り出し、海中に放出する機構が存在しない。深宇宙で作った有機物を大量に地球に持ち込んで生命の材料に使うというアイデアは、多くの天文学者や生物学者の希望的夢想に反してほとんど不可能である。

科学哲学者カール・ポパーの反証可能性の理論によれば、生命の起源のような多くの物理・化学過程が関与する複雑な現象に対しては、作業仮説を立ててその反証を試み、棄却を重ねることで科学的理解を漸近的に深める必要がある。その意味では、生命誕生場としての干潟、深海熱水孔、深宇宙説はそれぞれ一つ以上の棄却要因(表の赤の部分)を抱えており、この時点で棄却するか、もしくは棄却要因を無効にする新しいモデルを構築するしかない事態にあると思われる。原子炉間欠泉については、今のところ致命的な棄却要因は見られないが、今後の新しい観測事実や理論に基づいて反証によるテストを繰り返すことが重要であることは言うまでもない。実際、東工大では原子炉ガイサーの示唆を受けてCo60ガンマ線照射施設を用いた化学進化実験が進行中である。核酸モノマーやアミノ酸を含む生体構成分子が効率よく生産される有望な結果を得ている。

1)Ebisuzaki, T. and Maruyama, S. 2016, Nuclear geyser model of the origin of life: Driving force to promote the synthesis of building blocks of life, Geoscience Frontiers, in press.
2)Ndongo, A., Guiraud, M., Vennin, E., Mbina, M., Buoncristiani, J.-F., Thomazo, C., Flotté, N., 2016. Control of fluid-pressure on early deformation structures in the Paleoproterozoic extensional Franceville Basin (SE Gabon). Precambrian Research 277, 1-25.
3)Ritson, D.J., Sutherland, J.D., 2013. Synthesis of Aldehydic Ribonucleotide and Amino Acid Precursors by Photoredox Chemistry. Angwandte Chemie-International Edition 52, 5845-5847.
4)Chyba, C., Sagan, C., 1992. Endogeneuous production, exogeneous delivery and impact-shock synthesis of organic molecules: an inventory for the origin of life. Nature 355, 125-132.
5)Meshik, A.P., Hohenberg, C.M., Pravdivsteva, Q.V., 2004. Record of Cycling Operation of the Natural Nuclear Reactor in the Oklo/Okelobondo Area in Gabon. Physical Review Letters 93, 182302-1-4.
6)Miller, S.L., Urey, H.C., 1959. Organic compound synthesis on the primitive Earth. Science 130, 245-251.
7)Kuroda, P.F., 1956, On the nuclear physical stability in the uranium minerals, The Journal of Chemical Physics, 25, 781-782.