原初的生命を育んだ「ゆりかご」としての自然原子炉

地球化学者、黒田和夫が地球に自然原子炉が存在する可能性があると予言したのは1956年のことだった。それから16年たった72年に中央アフリカのガボン共和国オクロで、約20億年前に活動していた自然原子炉の化石が発見された。高品位のウラン鉱床の一部に、核分裂するウラン235の濃度が特異的に少なく、核分裂生成物が存在する場所が発見されたのである。

その解析から、連鎖反応が30分維持され、2時間半ほど休止することを繰り返す活動を15万年ほど続けたらしい。同様の自然原子炉跡がその近くに16カ所見つかっている。現在、地球上に自然原子炉はない。それは、核分裂炉の燃料となるウラン235の濃度がウラン全体の約0.7%しかないからである。

核分裂の連鎖反応には、少なくともウラン235の濃度が1%以上ある必要があり、その人工的な実現には、それを濃縮する「マンハッタン計画」を必要とした。しかしウラン235の半減期は、核分裂しにくいウラン238より短いので、過去に遡(さかのぼ)るほどウラン235の濃度が高かったはずである。

オクロの自然原子炉跡が活動していた20億年前は、ウラン235の濃度が3.5%もあり、人工濃縮なしでも、高品位のウラン鉱床と減速材である水さえあれば、核分裂連鎖反応が可能だった。さらに遡って地球ができたばかりの「冥王代(40億~46億年前)」では、ウラン235の割合が20%を超えていた。自然原子炉によって駆動される間欠泉が現在の温泉並みに普通に存在していたと思われる。

われわれは、このような自然原子炉が原初的な生命を育んだ「ゆりかご」だったと考えている。生命構成分子であるアミノ酸や核酸塩基を無機物である水や二酸化炭素(CO2)、リン酸などから「非生物的に」作るためには、非熱的なエネルギー源が必要である。

自然原子炉が放射する電離放射線は、強い化学作用を持っている。つまり、CO2や水を、反応性の高い物質に変える。それらの反応によりシアン化水素やホルムアルデヒドが作られ、さらにグリセルアルデヒドなどを経由して、アミノ酸や核酸塩基などが非生物的に作られることが実験的に示されている。誕生直後の原初生命は、原子炉間欠泉から供給されるこれらの化学物質に依存していたと考えられる。

今思い返せば、世界で初めてアミノ酸を非生物的に合成した「ユーリー・ミラーの実験」は、高圧放電による大量の非熱的電子を用いた点で、原子炉からの電離放射線の効果を模したものだったと理解できる。原始大気における落雷や原始太陽からの紫外線のエネルギー密度は、ユリー・ミラーが用いた放電のエネルギー密度に遠く及ばない。それが実現できる環境は、地球冥王代の表層には普遍的に存在したはずの自然原子炉周辺のみである。

冥王代の原初地殻は、マグマ海から直接析出した。そこには地下深くにあるマントル物質に取り込まれにくいウラン、トリウム、カリウム、リンなどの元素が数千倍濃縮されていた。原初生命を生み出したスープは、ウランやトリウムの他にカリウムやリンを多く含んでいたはずである。現生生物の細胞質に、カリウムやリンが高濃度に含まれている事実は、この点を反映したものかもしれない。

自然原子炉が豊富に供給するグリセルアルデヒドにリン酸が結合したグリセルアルデヒドリン酸は、嫌気的解糖系の報酬期回路の出発物質である。この反応回路は、最終的にはアセチルCoAを経由してクエン酸回路や脂質合成回路につながっており、全ての生化学反応の要となっている。また、植物では、グリセルアルデヒドリン酸が葉緑体における光合成でも生成され、糖などの代謝産物やエネルギーの合成に使われる。これらは、生命が自然原子炉に依存していた時代の名残なのかもしれない。

2017.12.25 フジサンケイビジネスアイ 許可を得て転載