映画「狂武蔵(くるいむさし)」を見た 

狂武蔵を見た。暑いので、少しは涼むために映画でも見ようと思うのだが、新型コロナの関係か、見たいと思うような映画がない。ラブコメは趣味ではない。お子様アニメも食傷した。ワイヤープレイやCGで補強した、きれいだが売らんかな根性が丸出しのアクションは、返って暑苦しい。で、目にとまったのがこの映画。ちょうど公開の日に映画に行きたくなったのも何かの縁だろう。

宮本武蔵と吉岡一門70人の一乗寺下り松の決闘に想を受けた、ほとんどすべてチャンバラシーンで埋め尽くされた映画だ。現代の忍者・武道家を標榜する坂口拓が9年前に行った77分ワンカットのアクションシーンを中心とする。お蔵入りしたこのシーンを復活させるためにクラウドファンディングて支援を募り、映画として完成させたという。

77分は長い。ずっと休みなしの斬り合い(実態は殴り合い)が果てしなく続く。マラソンとは違い、相手がいろいろ仕掛けてくる対戦型スポーツでは、マイペースが守れない。相手の仕掛けに応じて全力で対応しているうちに、ほとんど一瞬にして体力を使い果たしてしまう。このシーン撮影時、切られ役は、坂口の体のどこを狙っても良いから全力で掛かれとと指示されていたという。シナリオなしの、77分400本勝負。これは疲れる。実際、開始後5分で体力がゼロになったと坂口は述べている。

実際、斬り合い開始すぐ、坂口の足はもつれ始める。このとき、すでに手の指の骨が折れていたという。後半に至っては、膝をついた後、足の疲労で態勢を戻せない。それでも相手の攻撃に対する防御は的確で、剣のスピードは衰えない。それどころか、むしろ打撃の威力は増している。様々な攻撃パターンを繰り出す激闘が休みなく続いて、77分が過ぎてしまう。

見ていると、前半見られた無駄な動きが後半影を潜めている。疲労しきって、余裕がなくなっているのが良いのだ。そこまで体をいじめ抜かないと突破できない壁がある。坂口はそれに挑戦したかったのだろう。彼の武道家としての進歩を77分で見せてもらっている。そんな映画だった。

宮本武蔵にとっても、吉岡一門との決闘はそういう意味があったのかも知れない。この映画は、井上雅彦のコミック「バガボンド」の吉岡一門との決闘の巻に強く影響されている。この巻はコミックでのアクション表現史上、最高峰に位置すると私は思う。それが、この狂ったように熱い映画を作った。

https://morning.kodansha.co.jp/c/vagabond.html

ワイヤープレイとCGとスタントとショートカット細切れで固めたアクションも嫌いではないが、飽きた。最初から最後まで、ごまかしなしの一本勝負の連続が清々しかった。

というわけで、二日間続けて二回も見てしまった。

初出 戎崎FB 2020年8月28日

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