タバコネズミとその近縁種

スイスとイタリアの国境近くにあるポシアキボ谷とバルテリナ谷に黒い毛皮のネズミが生息することをFatioが発見して、1869年にタバコネズミと命名して報告した。Gropp et al. (1969)がその染色体型を調べたところ、7つの中央動原体染色体と6つの末端動原体染色体をもつ2n=26であることが分かった。野生種のイエネズミの染色体型は20個の末端動原体染色体からなる2n=40のである。これらは、北イタリア・東スイス群のひとつである。地中海・ヨーロッパには染色体型の変種は他にも存在している。タバコネズミは、染色体変異と種分化の関係を研究を調べるよい例とされ、詳しく研究されてきた。ここでは、Hauffe et al. (2004)のレビューをもとに、タバコネズミとその近縁種に関する研究をまとめる。

イエネズミは、人間の片利共生体で食物と生活圏を人間に頼っている。その長距離移動は人間の貯蔵物の移動でのみ起こる。したがって、イエネズミの分布は人間の歴史が色濃く反映される。ポシキアボ谷は現在はスイスに編入されているが、歴史的にはイタリア国境を挟んで隣接するバルテリナ谷との結びつきが強い。ポスキアボ川は、チラノでコモ湖上流のアダ川に流れ込んでいる。ポスキアボ渓谷は長くて通過困難なベルニナ峠の南に位置していて、スイスの他の部分から孤立している。とはいっても、渓谷内の村落どうしでも交流が少なく、19世紀半ばに治水事業が始まるまでは、川の流路が定まらず、村々は孤立しがちであったし、一時的に廃村になることは頻繁にあったと考えられる。この二つの谷の人々は基本的には畜産農家で牛、ヒツジ、ヤギ、豚、馬などの家畜を飼って生計を立てている。ネズミは人間と家畜の食料を食べて暮らしている。1993-1995年の調査では、ネズミの個体数は人間500人にネズミ100-150匹の割合であった(Hauffe et al. 2000)。

ポスキアボ種(POS)は標準の野生型(AA)のネズミの末端動原体染色体のロバートソン融合で生まれたと考えられている(Garagna et al. 1995)。そのうち一部は、全腕逆位を持っている可能性がある(Hauffe and Pialek 1997)。POS種(2n=26)はポスキアボ谷に見られるが、バルテリナ谷にはその変種がいる(Gropp et al. 1982)。すなわち、上流種(UV:2n=24)、下流種(LV:2n=22)、中流種(MV:2n=24)である。これらは共通祖先から派生したことは明らかで、ミトコンドリアDNAからの系統樹でも、それは明らかである。雑種不適合を示す場合、個体数がよほど減らない限り、新規な染色体変異は固定しない。ロバートソン融合はあまり強い雑種不稔性を示さないので、その固定には極端な個体数ボトルネックは必要なかったかもしれない。全腕逆位もあまり強い雑種不稔性を示さ
ない。

これらの染色体変異種の二つの谷内の分布は、斑状になっている。たとえば、UV種の生息域は二つのに分かれて(Lagoを含む北東の村々とSernioを西部の村々)おり、その間にAA種が分布(TovoとMazzo)している。これらの斑状の分布は、コロニーの消滅と再入植イベントで説明できる。ネズミのコロニーは人がいなくなると消滅する。災害による廃村はその原因となる。特に1400-1650年の間には、ペストの流行により村の破棄が頻発していた(Benetti and Giudetti 1990)。最近の例では、1807年の地滑り災害で、LovoとTovoの住民が1年避難を余儀なくされた(Hauffe and Searle1993)。TovoとMazzoのAA種分布のパッチは、住民の避難によりもともとあったUV種のコロニーが消滅し、住民が帰村とともに持ち込んだ物資
に紛れ込んでいたAA種のコロニーが生まれたせいかもしれない。

これらの中央動原体ネズミの中で、祖先種近い種はPOS種とLV種である。これらは、一つの共通の祖先種から別れたと考えられている。つまり、LV種は三か所、POS種は一か所の染色体変異によって分岐した。その後共通祖先種は絶滅し、現在に伝わっていない。分岐時期は分からないが、これらの谷のネズミコロニーの孤立性により二種類の染色体変異が固定したと考えられる。その後、コロニーの消滅と再入植イベントが繰り返されるうち、両種がバルテリナ谷上流のどこかの再入植コロニーで出会って雑種が生まれて、UV種とMV種が成立したと考えられる。UV種とMV種、さらにはこれら二種と野生種(AA種)の間で交配実験が行われた。その結果、雑種の稔性は純系よりも低いけれども、どの雑種も完全な不稔性は示さないことが分かった(Hauffe and Searle 1998)。

染色体2、8、10、12のセントロメア領域に関係して、中央動原体染色体8.12、末端動原体染色体2と10を持つ種(POS種かMV種)は中央動原体染色体2.8と10.12を持つ種(LV種かUV種)が直接接触している場所を研究することは特に興味深い。異種接合体において、染色体の再編成の分離点の近傍(つまり、ロバートソン融合と前腕逆位のセントロメア領域)は、組み換えが抑制されることが期待されるからである(Searle 1993)。このため、POS種とMV種のLV種とUV種に対する遺伝子流入は、染色体2,8,10,12において最小になっていることが期待される。バレテリナ谷上流において、POS種とMV種のUV種に対する染色体10と12のセントロメア領域の遺伝子が調べられた(Panithanarak et al.2004 )。POS種とMV種がUV種とは違う村にいるとき(両種の相互作用が少ない)は、遺伝子流バリアの証拠があった一方で、POS種とUV種が生息している村(SondanoとSommacogna)では、遺伝子バリアの証拠ははっきりしなかった。したがって、組み合わせ不適合、組み換え抑制、そして、斑状の分布が、バレテリナ谷上流の交雑領域において、遺伝子バリアを作ったといえる。

Capanna and Corpti (1982)は、Migiondo村で1978年と1983年の間に150個体を捕まえて、POS種とUV種が両方生息しているのに、雑種がいないことを報告した。しかし、この調査の終了時に、UV種がこの村では絶滅したので、それ以上の調査ができなかった。POS種とUV種はバレテリナ谷の別の村(SondaloとSommacologna)でも共存しており、ここでは雑種が生まれている。したがって、最初両種は交雑が可能であったが、後に繁殖隔離がこの村で生まれたことを示している。POS種とUV種の雑種の不適合が、近縁交配を強化するように選択圧がかり、雑種ができなくなったのなさのかもしれない(この現象を「強化=reinforcement」と呼ぶ)。つまり、局所的な種分化イベントが、「強化」の結果、Migiondo村で起こったと著者らは主張している。なぜ、Migiondoで強化が進み、他の村でそうでなかったのかはよくわからない。Migiondoは小さな孤立した村であり、他の村では見られないMod1遺伝子で特徴づけられる(Fraguedakis-Tslis et al. 1997)。個体数の小さな集団は、遺伝子浮動により異常な方向に急速に進化することがある。また、孤立しているので、その進化が移入で壊されなかったのかもしれない。

強化が起こる一つの条件は、特定の近縁交配遺伝子がどちらの種にもあって、その場所が組み換えから守られていることである(Butlin 1987)。すでに議論したように、染色体2, 8, 10, 12のセントロメア領域はそのような組み換えから守られた場所である可能性がある。したがって、他の村でも見られる近縁交配の傾向が、二つの種の交雑を最小化して強化を引き起こしたと考えられる。

1) Gropp, A, et al. 1969, Chromosomenvariation bei der Tabakmaus vom (M. poschiavinus) und bei Hybriden mit der laboratoriumsmaus, Experientia, 25, 875-876.

2) Hauffe H. C. et al. 2004, The tabaco mouse and its reletives: a “tail” of coat colors, chromosomes, hybridization, and speciation, Cytogenet. Genome Res. 105, 395-405.

3) Hauffe H.C. et al. 2000, The house mouse chromosome hybrid zone in Valtellina (SO): a summary of past and present research. hystrix, 11, 17-25.

4) Garanara, S. et al. 1995, Robertson metacentrics of the house mouse lose telemetric sequence but retain some minor satellite DNA in the pericentrometric area, Chromosoma, 103, 685-692.

5) Hauffe, H.C. and Pialek, J. 1997, Evolution of the chromosomal races of Mus musculus domestics in the Rhaetian Alps: the roles of whole-arm reciprocal translation and zonal raciation. Biol. J. Linn. Soc., 62, 255-278.

7) Gropp, A. et al. 1982, Robertson karyotype variation in wild house mice from Rhaeto-Lombardia, Cytogenet. Cell Genet. 34, 67-77.

8) Benetti D. and Giudetti M. Storia di Valtellina e valchiavenna. Una introduzione (Editoriale jaca Bool SpA, Milano1990).

9) Hauffe, h.C. and Searle J.B. 1993, Extreme karyotype variation in a Mus musculus domestics hybrid zone: the tabaco stroy revisted, Evolution, 47, 1374-1395.

10) Hauffe, H. C. and Searle J.B. 1992, A disapperaing speciation event?, Nature, 357, 26.

11) Hauffe, H. C. and Searle J.B. 1998, Chromosomal heterozygosity and fertility in house mise (Mus musculus domesticus) from northern Inaly, Genetics, 150, 1143-1154.

12) Searle J.B., Chromosonal hybrid zones in eutherian mammals. In Harrison R.G. (ed.): Hybrid Zones and Evolutionary Process, pp. 309-353 (Oxford University press, New york 1993).

13) Panithanarak T. et al., Linkage-dependent gene flow in a house mouse chromosomal hybrid zone. Evolution, 58, 184-192.

15) Capanna, E. and Corpti M. 1982, Reproductive isolation between two chromosomal races of Mus musculus in the Rhaetian Alps (northern italy). Mammalia, 46, 107-109.

16) Fraguedakis-Tsolis S. et al. 1997, Genetic distinctiveness of a village population of house mice: relavance to speciation and chromosomal evolution. Proc. R. Soc. Lond. B. Biol. Sci., 264, 355-360.

18) Butlin R. 1987, Speciation by reinforcement, Trends Ecol. Evo., 2, 8-13.