破局進化によるヒトとチンパンジーの種分化
染色体種分化仮説においては、染色体の再配置が種分化を導くと仮定する(White 1978)。伝統的な染色体種分化仮説においては、染色体再配置領域における組み換えが、配偶子の遺伝子アンバランスをもたらし、雑種の適応度を下げて、繁殖バリアを作り種分化を導くと考えた。しかし、この説は、染色体再配置がその異型接合体の適応度をかなり下げるとするので、その再配置変異が、遺伝子グループ内で固定される確率は、遺伝子グループの有効個体数(Ne)がよほど小さくない限り(10かそれ以下)不可能であると批判されてきた。
この批判を克服するために、新しい染色体種分化仮説においては、異種接合体の適応度の低下を最小限にとどめて、その代わりに再配置領域のおける組み換えの頻度が抑制されると考える。組み換えが起こらなければ、遺伝子流入もないので、種分化が可能となる。
この仮説は、菌類、植物、そして動物における分子遺伝学のデータに支持されている。たとえば、ショウジョウバエの二つの種においては、雑種オスの不稔とメスの性的嗜好に関する遺伝子が染色体再配置領域に存在している(Noor et al. 2001)。同じ種の多点遺伝子解析の結果は、染色体再配置領域において、遺伝子流入が減っていることが確認された(Machado et al. 2002)。また、二種のヒマワリの相同染色体の遺伝子流入の速度は、再配置染色体の二倍高かったと報告された(Riesberg et al. 1999)。さらに、イーストの3つの染色体が逆位を持っていて、種間交配は不稔雑種を作る二種について、Delneri et al.(2003)は、その一方の染色体を遺伝子操作して、相同になるようにしてみたところ、稔性が復活した。これらは染色体再配置領域における組み換えの抑制による種分化モデルを支持している。
ヒトとチンパンジーのゲノムの比較により、9個の染色体(1, 4, 5, 9,12, 15, 16, 17, 18)に逆位があることがわかっている。また、ヒトの第二染色体は、他の類人猿に共通にみられる染色体二つの融合で生まれたとされている(Yunis and Prakash 1982)。組み換えの抑制が起これば、塩基変異の増加が期待される。Navaro and Burton (2003)は、115個の遺伝子の塩基変異の頻度をヒトとチンパンジーの間で調べ、逆位染色体の遺伝子のほうが、相同染色体よりも120%変異が多いと報告した。しかし、彼らのデータは少ないので、結論は決定的ではなかった。
そこで、Zhang et al. 2004は、より多くの遺伝子を使った解析を行った。彼らは、逆位染色体と相同染色体の遺伝子変異の差は統計誤差の範囲内であったと報告し、Navaro and Burton (2003)の結果を否定した。逆位部分において組み換えの抑制が起こったとするならば、これらまでの例と比較して、統計誤差を超える有意な変化がみられるはずである。したがって、ヒトとチンパンジーの間の種分化においては、この逆位染色体における組み換えの抑制機構は、働いていないと結論できる。
これは、ヒトとチンパンジーとが共通先祖から分化したころ、両者の間で交雑がほとんどなかったことを示している。ヒトもチンパンジーの分化は東アフリカの大地溝帯で起こったと考えられているので、これは大変奇妙である。両者は現在でもこの地域に住んでいるので、環境の激変(破局)がない限り地理的な隔離がそれほど強かったとは思えない。
この矛盾は、破局進化モデルで以下のようにうまく説明できるかもしれない。東アフリカ地溝帯におけるカーボナタイト噴火により地溝の大部分が生息不可能になり、この地域に広く生息していたヒトとチンパンジーの共通祖先は、ほとんど絶滅した。つまり、非常に狭い安全領域に、非常に少数(実質個体数10かそれ以下)の集団で、相互に完全に孤立して辛うじて生き残っている状況となった。これらの孤立小集団では、モナザイト火山灰による高度な放射能体内被爆と他のストレスによりゲノム不安定がトリガされ、高い頻度で染色体再配置とそれに伴うセグメント重複が高頻度で発生した。高度な近親交配により、その変異の多くがその孤立小集団に固定された。
数世代から数十世代(世代交代時間を10年とすると100年から1000年)の後、環境が回復し、両者の生息域が再拡大して再び接触したときには、両者はすでに交雑不可となっていた。その結果、チンパンジーは熱帯雨林に、ヒトは疎林にとそれぞれ別の環境に適応した種として現在に至った。
1) Zhang et al. 2004, Testing the chromosomal speciation hypothesis for human and chimpanzees, Genome Research, 14, 845-851.
2) Noor M.A. et al.2001, Chromosomal inversions and reproductive isolation of species, Proc. Natl. Acad. of Sci., 98, 12804-12808.
3) Machad, C.A. et al. 2002, Inferring the history of speciation and multilocus DNA sequence data: The case of Drosophila psudoobscura and close relatives, Mol. Biol. Evol., 19, 472-488.
4) Delneri D. et al., 2003, Engineering evolution to study speciation in yeast, Nature, 422, 68-72.
5) Riesberg L. H. et al. 1999, Hybrid zones and the genetic
architecture a barrier to gene to gene flow between two sunflower species, Genetics, 152, 713-727.
6) Yunis, J.J. and Prakash, O. 1982, Origin of man: chromosomal pictorial legacy, Science, 215, 1525-1530.
7) Navarro, A. and Barton N.H., 2003, Chromosomal speciation and molecular divergence- accelerated evolution in rearranged chromosomes,
Science, 300, 321-324.