マグネシウムと生命の起源: Magnesium and Origin of life

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マグネシウムはATPの燐酸に結合し安定化する

マグネシウムは、酸素原子6つを効率的に配位する能力を持ち、生化学において特別な役割をしている(Holm 2012)。このような酸素は、酸化物陰イオンの一部の場合が多い。例えば、Mg2+は、大きな分子の中の別々の離れた燐酸イオンと結合し、その結果としてRNA等の分子の折りたたみに関与している。このMg2+の性質はまた、核酸の中の二燐酸や三燐酸を安定化させるとともに、一燐酸から多リン酸への重合を助ける。このようなことから、マグネシウムが化学進化と生物の起源に深くかかわっていると考えられる。

海洋底は玄武岩と超苦鉄性の岩石でできている。これらは、苦鉄鉱物(かんらん石と輝石)を主成分とし、水と接触すると、蛇紋岩化反応を起こして蛇紋岩に変化する。蛇紋岩にはすべてのマグネシウムを含むことができないので、水酸化マグネシウムが主成分のブルーサイトが析出する。さらに、蛇紋岩化反応では、強アルカリの水素ガスに富んだ液体も形成され、局所的に還元的な環境が作り出される。この中で、二酸化炭素(CO2)、水素分子(H2O)、窒素分子 (N2)から、アンモニア(NH3)、シアニド(HCN)などの生物始原物質が合成されると考えられており、そこにマグネシウムを主成分とする鉱物が必然的に析出することは、都合がよい。

リン酸は、核酸の構成要素であり、生物には必須の物質である。ただし、生物が利用しているのは多燐酸(二燐酸と三燐酸)であり、単燐酸は最も安定で水に溶けにくく、生物にとっては使いにくい。冥王代地球において、多燐酸を得るには、二つの道筋があると考えられている。まず、ウィトロカイト(Ca18Mg2H2(PO4)14)のような燐酸マグネシウム鉱物を熱すると、燐酸凝集物(多隣酸の混合物)と水が生ずる(Sales et al. 1993; Arrhenius et al. 1997)。次に、多燐酸は隣鉱物であるシュライバーサイト(Fe,Ni)3Pの酸化でも作られる。シュライバーサイト(Fe,Ni)3Pが水と反応するとHPO3(2-)とH2PO2-が作られる。H2O2が鉄と反応するフェントン反応でOHラジカルとOOHラジカルが作られる。OHラジカルはHPO3(2-)とH2PO2-を酸化してHPO4(2-)を作りさらに凝集燐酸(二燐酸、三燐酸、環状燐酸を含む)を高い収率(約34%)で生成する(Pasek et al. 2008)。この反応は、地球玄武岩(Pauley 1969; Ulff-Moller 1985)でも月玄武岩に固有の鉱物(El Gorey et al. 1971)でも起こることが知られている。ウィトロカイトもシュライバーサイトも月の高地の岩石中に発見されているので、生命が誕生した冥王代の地球表面にも存在した可能性が高い。

一方、ホウ酸は核酸塩基と炭水化物、特にリボースの形成を進めることが知られている。リボースは、核酸のもう一つの成分である。地球で発見された最古のホウ酸鉱物は、ホウ酸化マグネシウムである(Grew et al. 2011)。水に溶けたホウ酸は、シス-水酸基構造体を構成することにより、五単糖(pentose)を安定化させる。また特に、Na-Mg-Al系ホウ酸鉱物である苦土電気石(dravite:NaMg3Al6(BO3)3Si618(OH)4)は、効率的にプリンを形成することが分かっている(Saladino et al 2011)。

Holm N.G. 2012, The significance of Mg in prebiotic geochemistry, Geobiology, 10, 269-279

Pauly, H., 1969, White cast iron with cohenite, schreibersite, and sulfides from Tertiary basalt on Disko, Greenland. Bulletin of the Geological Society of Denmark, 19, 8-26.

Ulff-Moller, F. 1985, Solidification history of the Kitdlit Lens: immiscile metal and sulphide liquids from a basaltic dyke on Disko, central West Greenland, Journal of Petrology, 26, 64-91.

El Gorsey A. et al. 1971, The geochemistry of the opaque minerals in Apollo 14 crystalline rocks, Earth and Planetary Science letters, 13, 121-129.

Grew, ES. et al. 2011, Borate minerals and origin of the RNA world, Origin of Life and Evolution of the Biosphere, 41, 307-316.

Pasek M.A. et al. 2008, Production of potentially prebiotic condensed phosphates by phosphorus redox chemistry, Angew. Chem. Int. Ed. 47, 7918-7920.

Saladino R. et al. 2011, The effect of borate minerals on the synthesis of nucleic acid bases, amino acids, and biogenic carboxylic acids from formamide, Origins of Life and Evolution of the Biosphere, 41, 317-330.

Arrhenius, G.O. et al. 1997, Entropy and charge in molecular evolution – the case of phosphate, Journal of Theoretical Biology, 187, 503-522.

Sales, B.C. et al. 1993, Structural properties of the amorphous phases produces by heating crystalline MgHPO4・3H2O, Journal of Non-Crystalline Solids, 159, 121-139.