検出器で風評被害を根絶する

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東日本大震災から4年がたちますが、震災の影響は色々なところに残っています。福島県の農民は原子力発電所の事故で放出された放射性セシウムの風評被害に悩まされています。作った野菜や果物、お米に放射性セシウムが含まれているのではないか、という不安から売れなかったり、安い値段でしか買ってもらえないという事が起きています。私たちはこの状況を変えるには、すべての農産物の放射線量を測定し、販売できればよいと考えました。ところが、これまでの検出器は感度を持つ部分(シンチレータ―)が底面にしかなかったので、野菜のような形のあるものを測定すると、感度部分への平均距離が変わるため、放射線量が正確に測れませんでした。そのため、食品を小さく破砕してから測定していますが、破砕作業は大変な手間がかかります。また、測定後の破砕された試料は捨ててしまわなければなりませんでした。

試料を包み込むようにシンチレータ―を配置すれば、どんな形をしていてもシンチレータ―までの平均距離があまり変わらないので、破砕しなくても正確な測定ができますが、現在使われているシンチレーターを用いるととても高額になります。そこで、原子力発電所事故由来の放射性セシウムと天然由来の放射性カリウムの割合もわかるような工夫を施した、低コストで加工が容易なシンチレーターによる測定システムを開発しました。魔法瓶サイズの円筒形にシンチレータ―を成形し、その中に果物や野菜、魚をそのまま投入し、その中の放射線量が測れる検出器を開発しました。

この原理を使った検出器が共同研究先である株式会社ジーテックにおいて製品化され、福島県内の農協や道の駅、幼稚園などで利用が始まっています。目の前で測定し、実際に放射能がないことを確認してそのまま売買したり、園児たちの給食に供したりできるので、農民やお客さん、給食担当者の反応も上々です。福島の農産物の多くが測定値付きで店頭に並ぶようになりつつあります。もちろん、ほとんどの作物が基準を大きく下回って安全なことを示しています。今後は、装置を大型化してトロ箱に入れた魚介類や野菜をそのまま測定できる装置などに展開したいと考えています。折から、福島県相馬港の試験操業が始まっています。

最後に、これが実現できたのは、シンチレーターのさまざまなところで発生する光子をあまさず丁寧に拾い集める一連の技術とノウハウがあったからであることを強調したいと思います。これは、宇宙からくる微弱な放射線を測るために、長い年月をかけて私たちが培ったものでした。宇宙の過酷な環境で安定に動作し、微弱な信号をもれなく集める検出器の応用先が、実は福島の農民のそばにもあったのです。私が所属する理化学研究所は、「基礎から応用まで」を合言葉に1917年に創立されました。創立100年まであと2年です。諸先輩に倣い、宇宙物理学という基礎科学分野で培われた技術を、風評被害で悩む農民のために応用してその緩和に少しでも貢献できたことを、私たちは誇りに感じています。

Fuji Sankei Business i. 2015年3月12日 高論卓説
許可を得て転載