かんきつ類とアゲハ類の盛衰 垣間見た生物の共進化が愉快

 私は、山口県下関市の彦島で生まれ、高校卒業までこの島で育った。本州と九州を分ける関門海峡に本州側から突き出た小さな島だ。この辺りは温暖でかんきつ類の生育に適しており、それを食草とするアゲハ類が昔も今もたくさん飛んでいる。昆虫少年だった小学校以来約50年間アゲハ類の盛衰を見てきた。
 小学校の頃、この辺のアゲハ類は、カラスアゲハ、アゲハ、モンキアゲハの3種がほとんどだった。図鑑によると、カラスアゲハは野生かんきつ種(カラスサンショウなど)を好むとある。一方、アゲハとモンキアゲハは栽培種(ミカンやハッサク、夏ミカンなど)と野生種(カラスサンショウなど)の両方を食べる。
 ところが、中学生になった頃、ナガサキアゲハやクロアゲハが次第に見られるようになった。ナガサキアゲハのような大型で派手なアゲハの出現に、昆虫少年として興奮しつつ、不思議に思っていた。大学生の頃は、むしろクロアゲハやナガサキアゲハが、モンキアゲハよりも多くなっていたと思う。
 それらは、栽培種のかんきつ類を好むと図鑑にはある。その頃彦島では、田畑が埋め立てられて宅地が急速に広がっていた。そして、どこの家もその庭にミカン、夏ミカン、ハッサクなどを植えた。これらを好むクロアゲハやナガサキアゲハが増えたのは当然のことかもしれない。
 さて、それから30年近くたって、帰省の折に見てみるとモンキアゲハとカラスアゲハが増え、ナガサキアゲハはかなり数が減少している。つまり、種分布が小学校の頃に戻っている。高齢化とともに人が林の中に入ることが減っているため、山道を歩くとかつてより木が茂っている。
 カラスサンショウなどの野生のかんきつ種が、人の入らない林の中で大きく繁茂していると思われる。モンキアゲハとカラスアゲハの増加はこれを反映しているのかもしれない。
 食草となる植物とチョウとの間に共進化が起こらないはずはなく、両者の間には持ちつ持たれつの関係が成立しているはずだ。
 かんきつ類の開花は4月の終わりから5月。ちょうどその頃、さなぎから羽化した春型のアゲハが飛び始め、出てきたかんきつ類の新芽に卵を産み付ける。そのついでに花の蜜を吸い、その受粉を助けているのではないかと想像する。もちろん、ミツバチ、ハナバチも活動しているが、かんきつ類にとって最も頼りになる花粉媒介者はアゲハ類だろう。
 かんきつ類の原種はアフリカ大陸の熱帯雨林に今も存在している。ゴンドワナ大陸が2億年前ごろに分裂をはじめ、アフリカからインド亜大陸が分かれて(約9000万年前、中生代白亜紀)、いったん孤立しつつインド洋を北上し、アジア大陸に衝突した(約5000万年前、新生代始新世)。これに乗ってやってきたかんきつ類が、東アジアで独自の進化を遂げ二次的な適応放散を遂げて現在のかんきつ類が生まれたと考えられる。
 さらに人類に栽培品品種とされて現在に至っただろう。それを食草とするアゲハ類の先祖も、共進化を遂げ、人類によるかんきつ類の分布の拡大を追うようにその分布域を広げてきた。私の短い人生の中でも、そのような生物の長い適応進化の1コマが見えて楽しくなってくる。

2017年6月26日 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説
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