海上低層雲による気候変動緩衝

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図14 温室効果ガスの増加による温位および気温の変化。温室効果ガスの増加により対流圏界面が上昇し、その結果として雲冠境界層上面より上の気温(および温位)が上昇する。この変化は放射対流平衡に至る時間スケール(数時間)で起こる。巨大な熱慣性をもつ海面の温度はこの速い動きに追随できない。この結果、対流圏界面に存在する気温逆転層における温度差が増加する。したがって、下層対流安定度(気圧700hPaと海面での温位の差: LTS)は増加し、対流圏界面上部に存在する下層雲(層雲と積層雲)はより長期にわたって維持される。

図15 温室効果ガス濃度の増加に対する地球の大気層における熱収支の応答に関する異なる二つの考え方。実線の矢印は正のフィードバック、破線の矢印は負のフィードバックを表す。a) 本稿では、温室効果ガスの濃度が上昇したときに、大気の垂直方向の放射対流平衡がまず成立するとしている。その結果、中高層大気の温度、対流圏低層安定度、海上低層雲被覆率、地球アルベドがすべて増加するので、中高層大気温度に負のフィードバックがかかると考える。放射対流平衡は少なくとも数時間で到達するので、広域海面の大気を通した熱と水の平衡に達する速度よりも圧倒的に速い。したがって、温室効果ガス濃度の増加による温度上昇は、海上低層雲の増加で緩衝され、安定化される。これに対して、b) Miller (1995)は、温室効果ガス濃度が上昇したときに、広域海面の大気を通した熱と水の収支平衡を求めると冷たい海の温度が上昇するとした。その結果、対流圏低層安定度、海上低層雲被覆率、地球のアルベドはすべて減少するので、海面温度に正のフィードバックががかかることになった。その結果、地球の表面温度が不安定になって温暖化が暴走する危険があると考えた。残念ながら彼は、鉛直格子に荒い格子を用いたために、上で説明した低層雲の重要な変化を無視したことになっており、この結論は正しくない。

戎崎(戎崎2023)は、地球の気候が海上低層雲の雲アルベド効果による緩衝により強く安定化されていることを明らかにした。海上低層雲は、海水面温度が低い大陸西岸沖の海洋上にできる表面境界層(雲冠表面境界層)の上部を覆って広がっている。低層雲は、その可視光に対する高いアルベドと、赤外線領域における強い放射冷却で、地球の熱収支を冷却側に強く傾ける効果を持っている。

図14に示すように、温室効果ガスの濃度の増加に伴う温暖化は、対流圏・成層圏界面に始まって次第に地上(海上)に波及するが、その過程で低層雲の雲頂に存在する気温逆転層を強化するため、低層雲の消散を防ぎ、新しい雲冠境界層の発生を誘起し、低層雲の被覆率を上げる(図15a)。この効果で温暖化の大部分が緩衝されてしまう。

これまでの議論では、気温逆転層を考慮せず、温暖化ガス濃度の上昇に伴う対流圏・成層圏海面の上昇に合せて、海水面温度を機械的に上昇させていたために、むしろ低層雲の被覆率が減少すると誤って考えられていた(図16b)。

雲冠境界層の生成消滅を正しく数値シミュレーションするには、鉛直方向の格子間隔は数メートル程度に密に取らなければならない。ところが、これまで全球気候変動モデルは、最も高精度のものでも鉛直方向の格子間隔が100メートルを超えていた。このため、低層雲の被覆率を正しく表現できなかった(Duynkerke and Teixeria 2001; Siebesma et al. 2004; Nam et al. 2012; Caldwell et al. 2013; Su et al. 2013; Koshiro et al. 2018; Lauer and Hamilton 2013)。

対流圏で放射対流平衡に至るまでの数時間~1日の時間スケールで起こるこのような変化を考慮して温室効果ガスの増加による気温上昇を評価すると、地上(海上)の温暖化が、考慮しないときに比べて約3分の1以下になることが分かった。二酸化炭素濃度の倍増に対して、地球の平均気温の上昇量はManabe and Wetherald (1975)が主張する2.93Kになることはなく、0.98K以下に留まる。このことは、海洋が持つ緩衝効果により地球の気候が強く安定化されていることを示している。現在、多くの研究者が、二酸化炭素濃度の増加により雲が減り温暖化がさらに進行するという「暴走的温暖化」の発生を心配している。しかし、地球に海洋が存在する限り「暴走的温暖化」の心配する必要はないことがあきらかになった。

1)戎崎俊一、2023、海上低層雲による気候変動緩衝、TEN (Tsunami, Earth, and Networking), 4, 52-67.
2) 6)Duynkerke, P. G., and J. Teixeira, 2001: Comparison of the ECMWF reanalysis with FIRE I observations, Diurnal variation of marine stratocumulus. J. Climate, 14, 1466‒1478.
3) 48)Siebesma, A. P., C. Jakob, G. Lenderink, R. A. J. Neggers, J. Teixera, E. Van Meijgaard, J. Calvo, A. Chlond, H. Grenier, C. Jones, M. Köhler, H. Kitagawa, P. Marquet, A. P. Lock, F. Müller, D. Olmeda, and C. Serverijns, 2004: Cloud representation in generalcirculation models over the northern Pacific Ocean: A EUROCS intercomparison study. Quart. J. Roy. Meteor. Soc., 130, 3245‒3267.
4) 36)Nam, C., S. Bony, J.-L. Dufresne, and H. Chepfer, 2012, The too few, too bright tropical low-cloud problem in CMIP5 models. Geophys. Res. Lett., 39, L21801.
5) Caldwell, P.M., Y. Zhang, and S. A. Klein, 2013, CMIP3 subtropical stratocumulus cloud feedback interpreted through a mixed-layer model. J. Climate, 26, 1607–1625.
6) Su, H., J. H. Jiang, C. Zhai, V. S. Perun, J. T. Shen, A. D. Del Genio, L. S. Nazarenko, L. J. Donner, L. W. Horowitz, C. J. Seman, C. J. Morcrette, J. Petch, M. A. Ringer, J. Cole, M. d. S. Mesquita, T. Iversen, J. E. Kristjansson, A. Gettelman, L. D. Rotstayn, S. J. Jeffrey, J.-L. Dufresne, M. Watanabe, H. Kawai, T. Koshiro, T. Wu, E. M. Volodin, T. L’Ecuyer, J. Teixeira, and G. L. Stephens, 2013: Diagnosis of regimedependent cloud simulation errors in CMIP5 models using “A-Train” satellite observations and reanalysis data. J. Geophys. Res.: Atmos., 118, 2762–2780.
7) Koshiro, T., M. Shiotani, H. Kawai, and S. Yukimoto, 2018, Evaluation of relationships between subtropical marine low stratiform cloudiness and estimated inversion strength in CMIP5 models using the satellite simulator package COSP. SOLA, 14, 25–32.
8) Lauer, A., and K. Hamilton, 2013: Simulating clouds with global climate models: A comparison of CMIP5 results with CMIP3 and satellite data. J. Climate, 26, 3823–1123 3845.
9)Manabe, S. and Weatheraid, 1975, The effects of doubling CO2 concentration on the climate of a general circulation model, 32, 3-15.