人類の起源:放射線被ばくと脳容積拡大

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人類の起源(1):放射線被ばくによるASPMタンパク機能強化とその後の脳容積肥大進化

人類の脳のサイズを決める最も重要な遺伝子は、ASPM(Abnormal Spindle Microcephaly related gene)である。この遺伝子に異常が起きると脳の発達が正常に行われなくなって小頭症(Microcephaly)になる(Bond et al. 2002, Nature genetics, 32, 316)になりやすい。ASPMたんぱくは、体細胞分裂のときに紡錘体の形成と安定化の役割を果たしているらしい。ASPMタンパクが異常でも普通の体細胞の分裂は正常に行われるが、神経細胞の分裂が阻害されて、正常な大脳皮質を作れなくなる。ASPMタンパクは、マイクロチューブリン結合部位、カルポニン類似部位、カルモジュリン結合部位を持っていて、線虫から哺乳類までよく保存されている。ただし、カルモジュリン結合部位にあるIQモチーフの繰り返し数が生物種によって違い、その数は神経組織の複雑さによく相関している。たとえば、人間は74個、マウスが61個、ショウジョウバエ28個、線虫と植物は1-8個である。

ASPM遺伝子の発現は、放射線被曝によって阻害される(Fujimori et al. 2008)。強い放射線を浴びた胎児が小頭症になりやすいのはこのせいと考えられる。人類の祖先が、放射線被爆量が高い環境で暮らしていたとする。その中では、放射線被ばくにもかかわらず小頭症にならないよう、ASPM遺伝子の機能強化に強い選択圧がかかったと考えられる。その結果、たとえばIQモチーフの数が増えるなどの分子的な適応が起こったのかもしれない。その後、何らかの理由で自然放射線のフラックスが減少したか、放射線被爆が少ない環境に移動したと仮定する。すると、放射線によるASPM遺伝子の阻害機構が働かなくなり、その後の胎児は脳の肥大が加速したと考えられる。

この放射線被爆は、アフリカ大型類人猿で起こっているDNAセグメントの複製バーストも引き起こしたのかもしれない (Johnson etal 2006; Margue-Bonet et al. 2009ab )。

1.Bond et al. 2002, ASPM is a major determinant of cerebral cortica size, Nature genetics, 32, 316.
2.Fujimori et al. 2008, Ionizing radiation downregulates ASPM, a gene responsible for microcephaly in humans, Biochemical and Biophysical Research Communications, 369, 953-957.
3.Johnson et al. 2006, Recurrent duplication-driven transposition of DNA during hominoid evolution, PNAS, 47, 17626.
4.Marque-Bonet et al. 2009a, A burst of segmental duplications in the genome of the African great ape ancestor, Nature, 457, 877.
5.Marque-Bonet et al. 2009b, The origins and impact of primate segmental duplications, Trends in Genetics, 25, 443.