放射線被爆を受けた親の子孫の細胞におけるゲノム不安定について

Dubrova 2006は、放射線被ばくした親の子孫におけるゲノム不安定についてしらべた。放射線被ばくした動物の子孫に、癌疾病の増加と体細胞および生殖細胞の両方のゲノムの不安定が示された。変異率の有意な増加が、最初の放射被爆から少なくとも20-40回の分裂後まで見られる。この不安定性には、エピジェネテックス機構が関与しているようだ。

親のDNAのメチル化がこの不安定を子孫に伝達していると考えられる。多くの研究が、DNAのメチル化がエピジェネテックな変化の鍵を握る機構であることを示している(Baulech2001; Vance 2002; Harrouk 2000; Nomura 2004)。多くの遺伝子のメチル化された配列が、精原化(Spermatogenesis)の間、保存されることがわかっている。構造遺伝子のプロモータ部分のメチル化がその転写を抑制し、その結果その遺伝子の発現や抑制を起こす。いくつかの遺伝子の発現の変化が、放射被爆した親の数世代の子孫まで継続することが分かっている。

放射能被曝直後と被爆後6-8週間後のオスのマウスとラットの子孫に遺伝子不安定がみられるので、エピジェネテックな変化が生まれる時期についてはよく考える必要がある。被爆後6-8週間でオスに交尾させる実験においては、転写的に活動的だった時期に被爆した精原細胞からできた精子が受精している。このような転写的に活動的な精原細胞は、すべてのDNA損傷を認識し、修復する能力を持っている。その認識・修復過程で放射能被曝した親の生殖細胞にエピジェネテックな変化が生まれたのかもしれない。

精原化の後期では、すべての修復過程は不活性化されるので、すべてのDNA修復はこの過程では修復されないで残る。このため、被爆から数週間以内に交尾したオスの精子では、多くの放射性のDNA損傷をそのまま受精に至る。このような損傷は、卵子の受精時に認識され修復される。つまり、上に述べた親のゲノムのエピジェネテックな変化は受精時に起こったことになる。

この観点から、Shimura(2002)らの結果は特に興味深い。彼らは、たくさんの放射線起源のDNA損傷を持った精子による受精がDNA損傷認識と修復のシステム(p53タンパク質のPhosophorylationなど)を父系だけでなく未損傷の母系の原核にも起動させることを示した。このような機構の起動が、発生中の胎児における放射線によるゲノム不安定の出発点として働くのかもしれない。

一方で、放射線被爆を受けたオスのマウスの子孫の細胞において、単鎖切断と複鎖切断の発生数が2倍以上増加している。これは、染色体異常(DNA二重鎖切断)と遺伝子変異(DNA単鎖切断と二重鎖切断)の増加を説明する。つまり、放射線被爆を受けた親の子孫における遺伝子の不安定には、個々の損傷というよりも、細胞にあるDNA損傷全体が関係しているようだ。

放射線誘起のゲノム不安定による偶発的なDNA損傷の増加の原因は、たとえば慢性炎症による酸化ストレスと同根かもしれない。酸化ストレスを受けている細胞では、フリーラジカルが鋭く上昇し、それがDNAの単鎖および二重鎖切断を含む多くのDNA変化の原因になる。DNAの酸化損傷の8-oxo-2’deoxyguanosineとThymineglycolである。これらは塩基異常修復(BER)によって行われる(Readon 1997)。その時、周りのヌクレオゾームの位置やヒストン修飾を含むクロマンチン構造の変化が要求される。DNA修復後は、DNAのメチル化が再構築されなければならない(O’Hagan 2011)。

トランスポゾンの活動は、このようなエピジェネティック機構によって抑制されているので、放射線被爆がトランスポゾンの活動を活性化し、その結果として子孫のゲノムの不安定の発生に貢献している可能性がある。

偶発的なDNA損傷の多くは、DNA複製時に起こる。最も危険なのは、DNA複製の遅れである。それは、DNA構造的な損傷もしくは細胞周期制御の効果による。癌化の初期においては、細胞周期の制御の失敗がDNA複製過程を乱して多数のDNA損傷の原因となる。Breger et al.(2004)は放射線誘起染色体不安定と体細胞の複製の遅れの相関を見出している。マウスにおけるDNA繰り返し配列における変異は、複製の失敗によって生まれている。したがって、放射線被爆した親の子孫におけるDNA複製の失敗は、これらの場所における安定性に、その他の遺伝子配列と同様に影響を与えている。

1) Dubrova, Y.E. Genomic Instability in the Offspring of Irradiated parents: Facts and Interpretation, Russian Journal of Genetics, 42, 1116-1126.

2) Baulch, J.E. et al., 2001, Heritable Effects of Paternal Irradiation in Mice on Signalling Protein Kinase Activities in F3 Offspring, Mutagenesis, 16, 17-23.

3) Vance, M.M. 2002, Cellular Repropramming in the F3 Mouse with Paternal F0 RadiationHistrory, Int. J. Radiat. Biol., 78, 513-526.

4) Harrouk, W. et al. 2000, Parternal Exposure to Cylophoamide Induces DNA Damage and Alters the Expression of DNA Repair Genes in the Rat Preimplantation Embrio, Mutat. Res., 461, 229-241.

5) Nomura et al. 2004, Transgenerational Transmission of Radiation- and Chemically Induced Tumors and Congenital Anomalies in Mice: Studies of Their Possible Relationship to Induced Chrosal and Molecular Changes, Cytogenet. Genome Res., 104, 252-241.

6) Shimura, T. et al. 2002, p53 dependent S-Phase Damage Checkpoint and Pronuclear Cross Talk in Mouse Zygotes with X-Irradiated Sperm, Mo. Cell Biol., 22, 2220-2228.

7) O’Hagen, H.M. 2011, Oxidative Damage Targets Complexes Containing DNA Methyltransferases, SIRT1, and Polycomb Members to Promoter CpG Islands, Cancer Cell, 20, 606-619.

8) Reardon、J.T. et al. 1997, In vitro repair of oxydative DNA damage by human nucleotide excursion repair system: possibleexplantation for neurodegeneration in xerodema pigmentosum patients, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 9463-9468.

9) Breger, K.S. et al. 2004, Inoinsing Radiation Induces Frequent Translocation with Delayed Replicstion and Condessation, Cancer Res., 64, 8231-8238.

10) Morgan, W. F. 2003a, Non-Targeted and Delayed Effects of Exposure to Inoizing Radiation: I. radiation-Induced Genomic Instability and Bystander Effects in vitro, Radiation. Res., 159, 567-580.

11) Morgan, W.F. 2003b, Non-Targetd and Delayed Effects of Exposure to Inoising Radiation: II Radiation-Induced Genomic Instability and Bystander Effects in vitro, Clastogenic Factors and Transgenerational Effects. Radiat. Res. 159, 581-596.

11) Lorimore, S.A. et al. 2003, Radiation-Induced Genomic Instability and Bystander Effects: Inter-Related Nontargeted Effects of Exposure to Ionising Radiation, Oncogene, 22, 7058-69.