中原中也 大岡昇平著 

中原中也の評論である。二人は尊敬と反発をないまぜにしたような激しい親交を結んでいた。中原は天才であった。大岡は普通人であった。天才は普通人が見えないものを見、聞こえないものを聞くことができる。天才は、それができない普通人を、哀れみ、侮蔑し、揶揄さえもする。普通人は、それに傷つき、反発し、しかしその天才性に引き付けられてゆく。一方で、田舎者で無学である(大学に入れなかった)中原は、東京生まれの大学生の友人に憧れ、羨んだ。社会に受け入れられない自分に僻んだ。中原の交友関係は、有名な小林秀雄とのそれも含めて、並べてこのようだったらしい。

大岡は、中原の行状を淡々と記述してゆく。そこに言い知れぬ緊張感があった。所々に抑えきれぬ愛憎の断層が露出する。大岡は、中原の幼児性と自堕落さを侮蔑した。しかし、その中原の詩が悲惨な軍隊・抑留生活の支えであったことに、驚き、そして戸惑った。大岡は、この愛憎半ばする中原との関係を、死ぬまで清算できなかったようだ。それは、大岡が死ぬ8日前に語っといわれる「著者から読者へ」と題した後書きを読むとわかる。この文章は、次第に中原へのモノローグへと変貌してゆく。

本書は、高校からの友人である中原豊さん(中原中也記念館館長)の勧めで購入したものだ。我々は高校時代、青臭い文学論を語り合った中だった。その後、私は科学の道に進み、中原さんは近代文学研究の道を選ばれた。この本は、私を束の間、「在りし日」に戻してくれたように思う。旧友に感謝したい。