Prelude to Foundation, Isac Asimov著
アシモフによるSFの傑作ファウンデーション三部作の序章として、後で書かれた作品である。ファウンデーション三部作では、銀河帝国が崩壊した後、長く続くはずの戦乱に満ちた暗黒時代を短縮するために科学技術の粋を集めたファウンデーションという組織を辺境の惑星テルミスに設置するという設定になっている。ファウンデーションはハリ・セルダンという数学者が創始した心理歴史学(psychohistory)という理論的枠組を用いて、銀河帝国最後の首相となったセルダンの主導で企画されたという設定になっていた。
本書は、若いハリ・セルダンが心理歴史学のアイデアを、銀河帝国の首都惑星トランターで開かれた学会で発表したところから始まる。社会の動きを規定する法則を与え、その予言を原理的には可能とするかもしれないという彼の発表は、銀河皇帝の興味を引き、会見が行われる。彼の専制統治の強化に利用したいという皇帝の希望に反し、セルダンは、これは純粋理論は、政治に適応することはできないという彼の見解をはっきり述べる。社会の動きはそれを構成する非常にたくさんの個人の行動の総体で決まるが、もしそれを規定する法則が見つかったとしても、ある時点ですべての人間がどういう状態にあるかを知るのは、不可能だということがその根拠である。それを聞いて皇帝は興味を失うが、彼の政治ライバルに彼の理論を利用されることを恐れ、彼を拘束しようとする。かろうじて皇帝警察の手を逃れたセルダンは、首都惑星トランターをめぐる逃避行を始めることになる。
彼の逃避行を助けるヒュミンは、心理歴史学の政治への適用が不可能と頑固に言い張るセルダンに対し、銀河帝国が衰退し始めていることを説明し、その衰退を食い止めて銀河帝国の人民全体の幸福のために適用可能にする努力をするべきだと熱心に説く。そのような退行的な学者の態度も、銀河帝国の衰退の一つの側面だともいう。この議論は、ともすれば社会への還元を嫌い、自分の興味のみの世界に退行しがちな基礎科学者にとっては耳の痛い話だ。ヒュミンの熱心な説得にしぶしぶ合意したセルダンは、解決の突破口がみつからずに悩み苦む。しかし、逃避行中にさまざまなコミュニティを経験したセルダンの頭の中では、次第に問題解決へのへの糸口が形を作り始める。どんな卓越した科学者も、新しい理論を構築する時には、おそれ、おののき、苦しみ、煩悶する。その産みの苦しみが詳細に丁寧に記述され、この物語の重要な構成要素になっていることは、素晴らしいと思う。
この作品は、ファウンデーション三部作と、ロボット三部作などのアシモフの他のSF作品とをつなぎ全体として大きな作品世界に統合する要として書かれたもののようだ。それらがどう統合されるのかは、読んでのお楽しみ。